精神的にも肉体的にも、多分勝っているのではと思う瞬間がある。金髪の青年の白い身体を組みしいてそう感じた思いは、次の瞬間ロイエンタール自身によって打ち消された。白いベッドはキングサイズで、長身の男二人が泣らんで眠っても支障ないほど。ロイエンタールはラインハルトの長い前髪を払ってその奥からこちらを見下している両眼を露わにした。位置的にはロイエンタールの方が上なのにその瞳は明らかに彼を見下していた。氷蒼色をした二つの宝石が、ロイエンタールに何か言葉を発するように促している。ラインハルトの唇は動かなくとも、ロイエンタールにはそれが彼の意思で、命令なのだとわかっていた。
「お寒くはございませんか、我が皇帝」
「…寒くはない。喉が渇いた。」
「かしこまりました。何か持って来させましょう。」
ロイエンタールは言いながら、布団を少しだけ持ち上げてベッドから降りる。椅子の背もたれに掛けられていたタオル生地のローブを羽織って、寝室を出た。
唯一雇っている初老の家政婦に、レモネードを持ってくるように頼んで寝室に戻ると、ラインハルトはベッドから出ずにうつ伏せになっていた。乱れた金糸が、シーツの上に孔雀のように広がっている。間接照明を反射したそれは太陽の下でみるよりも鈍く光っていて、淫らだなとロイエンタールは思ったがそんなことは口には出さない。人間の惰性的な行為を、若い皇帝は心底嫌悪していた。
そんな若い彼が時々、どうしようもなく自棄になる時があって、それはまるで女性の月経のようだとロイエンタールはいつも感じる。酒におぼれ下手な鼻歌を延々と歌い続け、帝国の軍服を脱ぎ捨て、壁に投げつけたりする。おやめください、我が皇帝。ロイエンタールはそういうことは言わないで、その様子をぼんやりと眺める。ラインハルトは全裸になって、ろれつの回らなくなった舌でやたらとわめく。ロイエンタールは、空になった自分のグラスに真っ赤なワインを注ぎながらそれを聞いている。俺は、ロイエンタールはその澄んだ声に顔を上げた。主君の人称が変わったからだ。ラインハルトは全裸で、ベッドの上に大の字に寝転んでいた。仰向けになって、ベッドの側面から顔を落としてしまっている。どうしてそんな苦しい体勢をとるのか、ロイエンタールには理解できなかった。ラインハルトは両腕で顔を覆っていた。薔薇色の唇が薄く開かれて、どうやら笑おうとしているらしいことがわかったが、そこからこぼれて落ちたのは笑いではなくてよだれだった。ロイエンタールは、露骨に嫌な顔をした。ラインハルトは気づかない。
「俺は、羊の数を数えて眠れたことがない。」
話しかけられているような気がして、ロイエンタールはしばらく考えた。
「眠れないのですか?夜。」
「俺に出来ないことはない。睡眠は必要だからとる。けれど羊を数えると眠れなくなるではないか。」
ろれつの回らない舌で言うものだから、ラインハルトの言葉を聴くことは容易ではなく、またかなりの時間を要した。ロイエンタールはワインを運ぶ手を止めて、集中力を耳に高めた。相変わらずラインハルトは、その白い腕で顔の半分を覆ってしまっている。
「眠れるのなら、良いではありませんか我が皇帝、わざわざ羊を数えなくとも。」
「お前は数えるのか?」
「いいえ。」
「……そうか。」
つまらないな、そう言ったきり、ラインハルトは黙り込んでしまった。
一時間、ラインハルトは黙り込み、ロイエンタールは一人でワインを飲みながら本を読んだ。しばらくして、ラインハルトがベッドの上に座る。
「シャワーを浴びたい。」
「立てますか?」
ロイエンタールは読んでいた本に栞を挟んで立ち上がる。ラインハルトは、こっくりと頷いて白い足を伸ばした。毛足の長い絨毯の上をよろめきながら歩く。ロイエンタールは腰に手を回して支えた。
「お前も一緒に入れ。」
ラインハルトの言葉に、ロイエンタールは素直に従った。
風呂を出て、ベッドに戻る。二人とも髪を濡らしたまま、倒れこむようにベッドに落ちた。スプリングのきいたベッドが軋んで二人の体が体重分沈み込む。求め合うように唇を合わせ、舌を這わせてどちらのともわからない唾液を互いに飲み干した。白い、主君の滑らかな肌を愛撫していると、ラインハルトが「頭が痛い」と言うので、ロイエンタールはベッドサイドのテーブルにあった空調用のリモコンを無造作に掴んで、温度を上げた。ラインハルトの手が伸びてきて、ロイエンタールの体を引き寄せる。
「早く…」
若く聡明な君主は、普段使わないような単純な、子供のような言葉を並べ立てて夢中で臣下の唇をむさぼった。ラインハルトに覆いかぶさるロイエンタールの首に手を回して、体を密着させる。肌を通して体温を交換しあいながら、反り返った互いの性器を擦り合わせた。くちゅくちゅと、いやらしい音を寝室に響かせるそこは、相手の熱を受けてさらに高ぶっていく。ロイエンタールにしては珍しく、余裕というものがなかった。彫刻のように滑らかな肌を上気させて腰を揺らす美しい主君は、今まで抱いたどの女よりも艶かしく淫らだった。
ロイエンタールは、手を伸ばしてラインハルトの性器を優しく包んだ。ラインハルトの体が跳ねる。ロイエンタールが握って手を上下に動かすと、その先端からじわり、じわりと惜しみなく蜜が零れて彼の掌を濡らした。
「ぁあッ…も、イく…」
彼の唇から、イくという単語が出るたびに、ロイエンタールの感情も高ぶった。手の動きを早める。ラインハルトが、嬌声をあげる。
「ひ、やぁんっ!あっ、あぁ…ん…っ」
ロイエンタールの大きな掌に、白濁が放たれた。
瞳を強く閉じていたラインハルトの瞼に、彼は優しく触れるキスをした。
一瞬でも、彼に勝つことなんて出来ない。ロイエンタールは、腕の中で眠り主君を見つめながら、いつも痛感する。手にいれたようで、実は自分こそがかごの中の鳥だった。
腕の中で寝息を立てている若き皇帝は、翌朝目をさますと昨日の乱れた姿なんて忘れてしまったかのように、その氷蒼色の両眼で彼を見据えて言うのだ。ロイエンタール、予は喉が渇いた。そうしてまた、怒涛の忙しさに平然と飲まれて行く皇帝の背中しか、彼には捉えることが出来ないのだ。
「そんなことは、わかってはいるのだがなぁ…」
ロイエンタールは、珍しく一人ごちた。腕の中で、ラインハルトが居心地悪そうに体を動かす。瞼が、軽く痙攣していた。
目を覚ますのかな、ロイエンタールは軽く身構えた。
氷蒼色の瞳がうっすらと開かれる。その瞳の持つ意思のままに、彼は、唇を動かす。
「お寒くはございませんか、我が皇帝」